前回のインタビュー梅野記念絵画館館長、梅野隆様にご紹介頂きました、日本画コレクター下村民男様にお話を伺いました。22年間の蒐集歴の中で蒐集した掛け軸は1300本!!そうそうたる数の掛け軸をコレクションする下村様にご登場していただきます。
下村さんは幼少の頃から両親に連れられ歌舞伎座や文楽座に行き、特に勧進帳の弁慶が大好きで、良く真似をしては大人たちを笑わせていたそうです。お母様の影響もあり、中高生時には京都の美術館に良く行くようになったのが、絵画とのはじめての出会いのようです。そして、その後も「ダリ展」「ロダン展」など西洋美術を中心に美術館に足を運ぶようになり、特に昭和45年大阪万博のレンブラント「ダビデとウリヤ」の作品に感銘したことを今でも覚えているそうです。独身時代はほとんど西洋絵画の展覧会しか見たことがなく、日本画には全く興味がなかったという下村さんが「弁慶が千本刀を集めたように、俺は千本掛け軸を集める。」という心意気のもと、どのように1300本の掛け軸コレクションに至ったのか、お話を伺いに行って参りました。
床の間に次々と掛けられていく下村さんのコレクションをご紹介して頂き、また、今までのインタビューにはないコレクターの奥様を交えてのインタビューとなりました。
千秋 洋画の集まりの方から下村さんを紹介されたんですが、日本画をコレクションされている方達だけの繋がりや集まりってあるんですか?
下村 う~ん、あんまりないし聞いたことないですね。どういうのか、洋画の方は色々とグループがあって集まっているようですが、日本画のコレクターの会っていうのは、私もあまり聞いたことがないんです。
千秋 やはりそうですか。不思議ですね。
下村 なぜでしょうね?不思議だなと思っているんですがね。
千秋 関西の方が関東より日本画をコレクションしている方が多いかなと思うんですが。どうですか?
下村 京都は骨董屋も多いし、日本画をコレクションしている方も多いかと思いますが、大阪は日本画をコレクションしている方はあまりいらっしゃいませんよ。
千秋 そうですか。
下村 昨年から、あるグループの美術愛好家というか、大阪にお住まいの絵画愛好者で何人か集まって、『展覧会を一緒に見に行きましょう』というような展覧会巡りを私の解説付きで二、三回やったんです。その時もどちらかというと洋画を好みの方が多く、私は日本画が専門なので日本画も洋画も見られる展覧会を選んでやりましたね。大したことは出来ませんが、身近なところから日本画ファンを増やしていけたらと願っています。
千秋 素晴らしいですね。何かそれで日本画にご興味を持つようになった方とかいましたか?
下村 いますよ。最近やっと日本画と洋画の違いがわかるようになってきたとか、またずっと皆勤で来られる方もおられますよ。
千秋 そうですか。ところで、大体どこに1300本のコレクションを置いているんですか?
下村 座敷にだ~っと軸を置いておりまして、座敷が倉庫の様になっております。あと、押し入れが5けん分一杯になっていましてね~。
千秋 でも掛け軸ならではですね。洋画ですと千本は管理出来ないでしょ。
下村 そうですね。洋画をコレクションされている方はマンションを一室借りたりしておられますね。その点掛け軸は保存にはこまらないのでいいです。掛け軸ならではの魅力ですよ。
千秋 本当にそうですね。ところで大体どこで作品を購入されるんですか?
下村 私は大手の所ではあまり買いませんが、実は沢山ブローカーの方を知っていまして、その方達から市に出す値段に少し上乗せして買い取っていたんです。じゃないとサラリーマンでこんなコレクション出来ませんよ!これまでの私の経験では、資金、家族の理解、良きアドバイザー、良心的な業者が揃えばコレクションには理想的ですね。私も良心的な画商さんを早く見つけて、分割払いにしてもらったり、ボーナスまで取り置きをしてもらったり、随分無理をお願いしたことがあります。コレクションを充実させる為には協力してくれる味方を作ることは重要なことですね。なにより、家族の理解、特に奥さんの理解というのは、一番重要かもしれないですね。私の場合は家内が昔日本画を習っていたこともあり、なんとかここまで好き勝手出来ましたが、たまには奥さんを連れて展覧会に行ったり、帰りに食事をご馳走したりと、絵画を好きになってもらう努力も必要でしょうね。私の場合もよく展覧会には二人で出かけますよ。よきコレクターはよき亭主たることを心がける必要有りといったところでしょうかね。
(タイミングよく奥様の佐和子さん登場。以下佐和子)
千秋 実際反対したりしませんでしたか?
佐和子 いや~、もう反対のしようがありませんもんね。(笑)
千秋 私どものお客様でも奥様を気にされる方が多くて、「奥さんが嫌がるからこれはやめておく。」って方もいらっしゃいますね。
佐和子 まぁ、私のおなかが痛むわけではありませんからね。
下村 私は家内と初めの契約をうまくしたもんですからね。(笑)
千秋 何か契約というのがあったんですか?
下村 いやいや。実はどういう風に会計を持ちましょうかという話をしまして、その時に生活費とボーナスから決まった額、その他子供の費用を全部私が出します。そしたら、それ以外のへそくりは自由に使っていいですよと言うことになりまして。あと保険会社に勤めていたもんで、運用に関しましては専門でしたので、それで色々資金を作って買いました。
千秋 おいくつぐらいの時に蒐集を始められたんですか?
下村 22年前の大体40歳ぐらいの時に始めました。社宅に住んでいたんですが、自宅を購入して、その時に床の間があったのでそこに掛ける掛け軸をデパードで購入したのが始まりです。でも季節感を感じられないのはどうかと思い色々買い始めたんです。
佐和子 私も絵は好きで良く一緒に見に行ったりしてはいたんですよ。でもこんなに主人がはまるとは思っていませんでした。
千秋 しかし1300本とは大変なコレクションですね。数だけを持っている人は多いと思いますが、量と質が伴っているコレクションは少ないので、本当に素晴らしいコレクションをお持ちだと思いますよ。展覧会もされたことがあるとか。
下村 親しくさせて頂いている大阪の田中表具店さんで、やらせてもらったことがあります。数展しか飾れませんでしたが良い思い出です。この田中表具店さんに色々相談しながら表具のやり変えをしてもらっているのですが、良心的な表具店を知っておくこともコレクションする上で大事ですね。
千秋 そうですね。でも、展覧会にお見えになられた方はびっくりされていたんじゃないですか?
下村 そうですね。良く日本画をわかっておられる方は一体どうされたんですか?と聞かれましたね。
千秋 いや~、1000本を超える掛け軸コレクションとはすごいですよ。
下村 初めの頃はなんでもかんでも手当たり次第、ちょっといいなと思ったらすぐ買うといった感じでしたね。ですので、今となっては人に見せるものではないかなという物もあります。途中からはある程度古い物や良いものに絞って集めてきたつもりなんですけどね。
佐和子 毎週週末出かけておりましたもんね。そして10本ぐらい掛け軸抱えて帰って来るんですよ。私も最初は帰ってくる度に、「今日はどんなの買ったの?」とか言って色々聞いていたんですよ。「これはいいぞ~!」と主人が言うのを「ふんふん」と聞いていたんですけれども、そのうち「あら、またこんなに沢山抱えて帰ってきたわ」と変わってきて、だんだん置く場所が心配になってきたんです。お布団しまうところもなくなってしまってね。
千秋 このまま古道具屋っていう看板つけたらお店になりますね。(笑)下村さんは、掛け軸のコレクション意外に何か趣味とかあったんですか?それともこれ一本ですか?
下村 まったくこれ一本ですね。お酒もそんなに飲まないし、ゴルフもやりませんね。
博打も全くやりません。
千秋 それはそれは、家の親父(弊社会長)に聞かせたいですね。(笑)
下村 僕はコーヒー1杯外で飲むのは勿体無いなと思うんですが、掛け軸1本何十万しても全然勿体無いと思わないんですよ。これはコレクターの心理だと思いますよ。でもこの感覚はなかなか家内にはわかんないんですよね。
佐和子 そりゃそうですよ。(笑)毎朝新聞のチラシを見て、ここが10円安いとか見比べてるんですから、その感覚はわかりませんよ。
千秋 大体男性の趣味と、女性のスーパーの感覚とはあわないんですよ。それでもご理解あってのこのコレクションだと思いますよ。
下村 でもね、お酒を飲んで女の人と遊んでお金使ってくるよりいいわってことでね。(笑)それにお酒は残らないけど、これは残るからね。
佐和子 このコレクションの中にいいのがあるといいんですけどね〜。
千秋 いや〜、ありますよ。僕なんてこのまま図録にして持って帰りたいですよ。
佐和子 そうですか。よかったわ。
下村 でも結婚する前まではどちらかというと洋画の展覧会しか行った事がなく、日本画にはあまり興味なかったですね。というか日本画がよくわからなかったです。
佐和子 私の方が日本画には興味があって、どうしたらあんな風に描けるのかなと思って、下手なんですけど結婚前に一年ほど習ってたんです。結婚してすぐ子供が出来たので、道具は押し入れに入れたままになったんですが、見るのは好きで最初日本画を見に行くのを誘ったのは私だったかと思います。だから、嫌ではないんですよ。最初は主人が掛け軸を買い始めた事は嬉しかったんです。ですから、それで喧嘩するってことはないですよ。
千秋 ところで、初めて買った絵はなんですか?
下村 本格的なコレクションの第一号は菅楯彦なんです。特にテーマを決めずになんでもかんでも買い集めていました、自分の眼で見ていいなと思ったら衝動的に買っちゃいますね。ただ、どちらかというと大和絵や、時代小説が好きなので歴史物などが私のコレクションには多いですね。今はそういうものを掛けてても、それが何の一場面が分かる人が少ないんですよ。
千秋 そのあたりの教養が日本に復活していかないといけないですね。平家物語や源氏物語の場面は知っていたいですよね。
下村 掛け軸は、掛ける掛け軸によって、床の間の雰囲気が全く変わるのでそれが魅力です。
千秋 いつも皆さんに伺っているんですけど、絵を美術館に見に行って満足される方は多いと思うんですが、実際に見るだけではなく絵を買うという事は見ることとどう違うと思いますか。
下村 そうですね。その見るだけでいいって言うのはどちらかというと、あなた任せですかね。
他人がいいっていうから見に行くっていう感じでしょ。絵を買うって言うのは、自分が好きだから買うんですよね。だから有名でない人でも自分の気に入った人の作品、図柄であれば買うでしょ。まぁ、一種の自己満足かもしれませんが。私なんかは、買う事に関して、逆にみんなが知らないような作家を紹介したい、とか発見したいとかという思いもありますね。あと展覧会だと人が一杯でじっくり作品を鑑賞できないので、こうして自分の好きな作家の作品を買って、好きな時にじっくり見るというのが買うと言うことの醍醐味ですよね。それこそ自己中や!って家内は言うんですけどね~。(笑)
千秋 (爆笑)
下村 でも展覧会でいい作品を見たときに、書き手が何を言いたいのかな、受けてがその通りだなと、描き手と受け手の心がマッチングした時がなにより至福の時ですよね。そういう体験を皆にしてほしいなっと言うことで、私も何人かの人を集めて解説付きで美術館巡りをやっているんですよね。今までは絵画の良さを知って頂こうと思い、お祝いやお餞別に掛け軸を知人にプレゼントしていて、その内の何人かからは、季節ごとの掛け軸を買いたいと相談を受けたりすることが、ちょくちょくあるようになってきましたね。あ~いいことだなと思っています。日本画ファンを増やしていきたいですね。
千秋 日本画好きな方ってどうやったら増えるんでしょうね?
下村 私もそれを思うんですが、やっぱりまず床の間のあるお家を作って欲しいなと思いますよね。日本画の場合やっぱり掛け軸ですもん。
千秋 戦後日本画も額装の作品が増えてから、かえって日本画が中途半端になっていってしまったところがありますよね。
下村 そうですね。それと、はっきり言って日本画の絵描きさんが下手になりましたよ。
見る側に訴えるような作品が少なくなってきていますね。特に洋風化された生活をしてきている方々にとってみれば、掛け軸の大和絵や歴史画なんかはもう関係ないというか、実生活とは無縁の世界での物語りとなってしまっていて、またさっきも話しましたが、物語を知らない、読んでないという悪循環なんでしょうね。小さいときに読んだ本の一場面だなという事がわかれば、もっと興味をもって日本画を見てもらえるんですけどね。今は読んでも洋風物の物語ばかりだったりね。昔の日本の物語をもっと読んで欲しいですよ。
千秋 あと日本画は線を描ける職人的な素晴らしさがあったけれども、今はそういう伝統が絶えていますからね。根本的な何か変化が必要でしょうね。
下村 結局その、個性を大事にするという戦後教育の弊害が多少あるんじゃないかと思うんですよ。昔の作家さんは、線を何年も描かされた、丸を何回も描かされた、そういう基礎が出来てるけど、やっぱり今ね人物画で生きた目を描ける作家さんがいないですよね。いないというと語弊があると思いますが、少ないと思いますね。人物画の場合は目が非常に重要ですからね。
千秋 そうかもしれないですね。
下村 洋画は失敗しても上から重ね塗りが出来るだけど、日本画はそれが出来ない。だから大事なんだ、真剣勝負なんだと私の良きアドバイザーであった紙谷能州先生という南画家の先生もよくおっしゃってましたね。
千秋 この間鳥獣戯画を見に行ったんですが、基本的には一回こっきりで絵巻をずっと描いてないといけないですからね、根気がいるし、相当練習して本番は絶対間違わないようにしないといけないです。あの緊張感っていうのは日本画独特のものですね。
下村 そうですね。真剣勝負ですよ。
千秋 ところで、よく画廊には入りにくい雰囲気があると言われるんですが、そうですか?
下村 私も初めのうちは入りにくい雰囲気が感じられました。もうそれはさすがに卒業しましたけど、でも他の人は入りにくいといいますね。こっちの方がある程度あつかましく行くといいと思うんですが。でもどうしても第一印象仕切りが高いっていうのはあると思いますよ。私の場合は中学時代の友人が画廊の番頭さんをしているのを知り、ちょくちょく遊びに行っているうちに他の画廊にも厚かましく入っていけるようになりました。
千秋 実際は意外と気さくな店が多いんですけどね。
下村 そうですね。これからコレクションを始めたい方は、こちらからどんどん話しかけていくといいと思いますよ。
千秋 やっぱりお客様は買わないのに迷惑かけたらいけないなと思うんでしょうね。
下村 そうだと思います。だから私は「見せてくださいね」と言っていつも入っていくんですよ。それでいいんだよって皆に言うんですかど、やはり初めて入っていく時はちょっと抵抗感を皆もたれますよね。店主が若くて、明るい気さくな画廊は入りやすいですね。ただやっぱりそういう画廊は少ないと感じます。
千秋 そうですか。話は変わりますが、大体コレクションの総額はいくらぐらいですか?
下村 いやいや・・・・。(沈黙の後、笑)私ほどこんな好きなことした男も少ないでしょうね。道楽させていただきました。
千秋 なかなか言いにくいですよね。ところで、最後に一言で言って下村さんにとってコレクションとはなんなのか?という質問をちょっとしてみたいんですが。どうでしょう?
下村 一言で言うなら、やっぱり『生きた証』でしょう。会社の皆に言ってたんですけど、「弁慶が刀千本集めたように、俺は掛け軸千本集めてみる」って言っちゃってましたからね。それは一つのことを徹底してやってみる、俺はこういうことをしたよ、という一つの証になるのかなと。中途半端で終わりたくないと思ったんですよ。だから、150本ぐらい集めたときにそう思いましたかね。いっぺん徹底的にやってみようと、集めてみようと。それから20数年経ったわけですけど、それが今のコレクションのこういう形だと思います。大したお父さんじゃなかったかもしれないけど、まあ、こういうのを集めたよっていう僕の生きた証です。
千秋 確かに、人生で何か一つやってみたいって思いますよね。
下村 そうですね。人がやらないことをやってみたかったということでしょうか。ちょっとキザないい方かもしれませんがね。