江戸時代、神田には江戸御用達商人の職人が住む職人町が形成されていた。紺屋町は藍染職人が住んでいた町。浴衣地に描かれている「魚」は版元の魚栄からとった文字。もう一つの四角い模様は広重のヒロを図案化したもの。 櫓のように組んだ干場で風にそよぐ染め上げた生地。その合間からのぞく富士山。江戸の風情を感じさせてくれる作品。
浮世絵師。歌川豊広に師事。透視図法を取り込んだ巧みな画面構成、遠近の対比などによって描かれた名所絵は海外でも高い人気を誇る。代表作に《東海道五十三次》《東都名所》《名所江戸百景》等。
江戸城の鬼門封じとして置かれた上野寛永寺に対し、裏鬼門に配されたのが芝の増上寺。ともに徳川家の菩提寺として幕府の絶大な庇護を受けた寺である。寛永寺の五重塔は現在も上野動物園内で見ることができるが、本図に描かれる増上寺の五重塔は戦災によって焼失してしまった。在りし日の姿を偲ばせる鮮やかな色調が美しい一枚。
東京二十景の中の一枚。建物の赤と雪の白のコントラストが美しい、関東大震災後の巴水の代表作。震災後は都市の近代化が進んでいくが、この芝増上寺には江戸の情緒が感じられる。実際に客はこうした江戸情緒を巴水の作品に求めていたとも言え、この作品後、同様の画風の作品が多く制作される。
北斎、広重、清親をはじめ、上野公園の不忍池を描いた浮世絵は多い。しかし池をこれほど雄大に描いた作品は珍しいだろう。昇亭北寿は北斎の門人であり、西洋の銅版画を思わせる一風変わった風景画で知られる浮世絵師。水面には弁天島と橋が映り込み、奇妙な形の雲が浮かぶ本図は確かに従来の浮世絵とは印象を異にする。抜けるような空の青がすがすがしい作品である。
光線画の父として知られる小林清親。本作に描かれるのは、まさに光線の芸術ともいえる花火の景である。本図刊行の一年前には、同じく花火を主題とする《両国花火之図》が発表されたが、これは花火が満天に花開いた瞬間をとらえた作品であった。一方この《池の端花火》は、しゅるしゅると夜空を滑る花火であり、前者とは対照的に暗い風景である。決して華やかな作品ではない。しかしだからこそ、この闇からは夏の夜の匂いや忍び寄る秋の気配までもが感じられる。
別号に方円舎・真生楼などがある。特に師は無く、下岡蓮杖・河鍋 暁斎 に親交し、柴田是真との交流もあった。また明治7年前後にはワーグマンの下で一時洋画を学んだ。洋画の手法を取り入れた新様式の錦絵「光線画」を編み出した。また風刺画も手掛け、後年は肉筆画も多く描いた。
この他にも「江戸」から「東京」へ歴史の流れが感じられる作品を展示いたします。ぜひ、お越しください。