今回は現役のビジネスマン・OLの人たちに絵を買う楽しみをしってもらいたいと、普及活動を展開されている、山本冬彦氏にご登場願います。ご自身、サラリーマンコレクターとして三十年のコレクター歴をお持ちの山本氏が集められた作品は1000点以上。現在は、コレクターの裾野を拡げたいと、買い手(ユーザー)の立場に立ったアドバイスをされる一方で、美術商業界のここが変!との忌憚なきご意見も投げかけられています。〈絵画を買う〉という行為が、自分の頭で考えて行動出来る人間を育てる、それがさらには文化的な風土をつくりだすとの、活動理念についてもお話しいただきました。新米画商としては身の引き締まる思いでお話しを伺っておりましたが、お話しを伺ううちに銀座の画廊街でも新しいムーブメントが生み出せないかとの野望(?)が胸をよぎりました…か否かは、今後の秋華洞の活動にておいおい皆様にはご判断いただきたく存じます。
では、さっそくモボ・モガの闊歩した時代の、真正・銀座へおじゃまいたしましょう。
1948年石川県生まれ。東大法学部卒。サラリーマンをしながら土日に銀座の画廊を巡り、30年間に1000点以上の作品を集めた。現在はビジネスマン・OLの消費テーブルに「アート」を載せる、アートソムリエとしてアートの普及活動に力を注いでいる。著書『ネットワーキングの方法』などの他、雑誌記事も執筆している。
山本冬彦(以下山本) 昔は川を渡らないと銀座にこられなかったのです。このビルの建てられた昭和七年頃の「銀座」は、今で言う一丁目から四丁目あたりを指したらしいのです。奥野ビルは丁度その境になる河の土手に建てられました。
田中千明(以下千秋) 大変居心地が良いビルですね。
山本 そうですね、以前ここは事務所ビルだったので入るつもりは無かったのですが、調べたら、西条八十なんかもかつて使っていた非常に文化的な意味のあるビルだということが分かりまして。ちょうど銀座をモボ・モガが闊歩していた頃に立てられたビルで、設計者は同潤会ビルと同じです。
千秋 銀座周辺も空襲で焼け野原になったと聞いていますから、このビルは大変ラッキーだったのですね。
山本 歴史のあるビルと知って、事務所ビルにしておくのは勿体ないと思い、八年前に借り始めてからは空きが出れば画廊さんを引っ張り込むようにしてきました(笑)
千秋 こっちにおいでよってお呼びになられたのですね。
山本 ええ。上の階の万年筆屋さんも池袋にいらしたのを、こっちにひっぱりこんで。このビルも今ではちょっとした名所になっています(笑)。
千秋 ここをお借りになられる動機はどういうものだったのですか?
山本 絵をしまう所を探していまして、書斎兼コレクションルームとして人が集まれる場所をと考えていました。でも絵が増えてしまったので、今では一度お披露目をしたら、絵の積んである山の中へと消えていっています(笑)。
千秋 山本さんのコレクションについてお聞きしたいのですが、最初にお求めになった作品はどちらですか?
山本 この石踊紘一さんの作品です。三〇年ほど前にマンションを買いまして、壁にかける絵が欲しいと思ったのがきっかけです。それまでは絵を自宅に掛けるなんて夢にも思っていなかったのですが。絵を買いたくても何処へ行ったら良いのか、全く見当もつきませんでした。
千秋 そうでしょうね。
山本 誰でも行ける所といったらデパートですが、デパートで扱われている作家さんの作品は、サラリーマンには価格が一桁違うんですよ。それでやっぱり絵を買うのは無理だと思いまして、有名な人の複製作品でもいいかとも思いましたが、やっぱり無名でも良いから一点物の本物が欲しいと思いまして。
千秋 ええ。
山本 そしたらたまたま、「セントラル美術館」というところで双美会の展示を行なっていました。名前も美術館ですからすっと入ったのですが、美術館というよりは、画廊さんだったんです。
千秋 なるほど。
山本 それで実物をじーっと見ていたら、後ろから「どうですか」と声をかけられまして。それで買いました。
千秋 そうだったのですか。
山本 確かその当時の月給くらいしました。それで、やっぱりあきらめようとも思ったのですが、月賦でも良いと言われて。結果的に買ったのがこの作品です。
千秋 そうでしたか。
山本 それ以降、画廊を廻るということがなんとなく出来るようになりました。
山本 コレクションをはじめて一〇年くらい経った頃から、ぽつぽつと名前も出始めて、コレクション歴二〇年位の頃に、コレクター展をやらないかと誘われました。それが、最初にセントラル美術館で声をかけてこられた店員さんだったのです。その方が独立されて画廊をされていたので。それからコレクション展をするようになって、その極めつけがこの「コレクターズコレクション七人七色」(平成九年)でした。コレクター一人一画廊で、自分のコレクション展を行なう。当時は結構話題になりました。これがその後のコレクター展にわりと影響を与えました。
千秋 そうだったのですか。これはそれぞれの画廊さんで買われた作品を展示されたのですか?
山本 いえ、そうではなくてコレクター一人一人違う会場でと言いますか、違う画廊さんで展示をしようと。このコレクター展を全部見ようと思ったら、何件か画廊を廻ってくださいね、という趣旨なんです。
千秋 なるほど。わりと見にいらした方も多かったのですね。
山本 ええ。その後もコレクター展をいろいろとやりました。コレクター展と言いますと、前号に登場された福冨太郎さんもそうですが、有名なコレクターの方の展覧会が殆どでしたから。サラリーマンが集めたものだということで、話題にはなりましたね。
山本 それまでサラリーマンがコレクターになるという概念がほとんどありませんでした。それにコレクターが表に出ることは無かったですし。ギャラリートークをやっても話をするのは、作家や学芸員、評論家ばかりでしょう。
千秋 確かにそうですね。
山本 そこで、コレクターとして発言したり、コレクション展をしたりしてゆこうと考えました。平行してコレクターの会を作ろうとも思いました。実は2,3回スタートしていた美楽舎という会に誘われて入ったのですが。日本の場合は画廊さんもジャンル別に分かれていますよね。現代アート、彫刻、日本画と。そうするとコレクターは自分の好みの画廊さんに行って、そこでコレクター仲間とは合うわけです。だからはじめは、コレクターの会は必要無いと言われました。
千秋 なるほど。
山本 でも僕は、サラリーマンコレクターの裾野を拡げたいと思っていたので、ジャンルは別でも、そこを横断するような会、「サラリーマンだけど絵が好き」という共通項で集まる会が出来ないかと。意外に喰わず嫌いということもあるでしょうし、他のジャンルを覗いてみるのもたまにはいいじゃないですか。
千秋 そうですね。
山本 それで毎月例会をやって、美術館では学芸員さんに解説をしてもらいながら美術館見学をしたり、あるいは作家さんのアトリエを訪問したり。そうするとそれまで全然関心の無かった他のジャンルにも興味を持ったりする、ということがありましたね。
千秋 それは楽しいですね。
山本 その会は今も続いていますが、四、五年くらい前までその代表でやっていました。その会では年に一回、作品を持ち寄って行なう、「美楽舎のコレクター展」もやりました。
千秋 そうですか。
山本 最盛期には一二〇~一三〇人近くの会員がいましたね。そこから少しずつ会が分化してきました。わたくし美術館の会といって、個人美術館をつくっている人たちの全国的な集まり、「わの会」が出来たりして。今、コレクターの会というのは結構あるんですよ。
山本 コレクターの人たちが楽しめる場をつくるという大体の役割は終わったので、三年位前からは若いコレクターをつくってゆくべきだと思いました。私も定年になりますともう絵も買えなくなるでしょうから、もっと若い世代に広めてゆくべきだと。コレクターに成ってしまった人たちは、放っておいても良い。そうではなくて普通の人たち、まだ敷居は高くて、画廊なんか行ったことも無いけれども、かつて僕がそうだったように、家を買ったりなんかして、絵を欲しいと思っている人は絶対にいるはずだと思って。
千秋 そうでしょうね。
山本 でもそう言う人たちは、何処へ行ったら良いか分からない。何を買ったら良いか分からないということが大半でしょう。
千秋 そうでしょうね。
山本 そういう人たちが、たまたまある画商さんに行ってしまうと、絶対そこの画廊さんの品物を勧められますよね。知り合いの作家がいたら絶対その作家の作品を買わされますでしょう。
千秋 ウフフ。そうでしょうね。(苦笑)
山本 つまり、売り手とか作り手のところに行ってしまうと絶対そこで説得されてしまうと思うわけですよ。だから怖いから行かない。それをユーザー代表の人がフランクに、いろいろとアドバイスをしてあげたら絶対良いだろうと思って。たまたまアートソムリエという言葉を見かけて、これはイメージが持てるなと思いました。
山本 「美術が好き」と言っても、大抵は知識・教養で、「美術鑑賞」をする人たちですよね。言わば評価の定まった物を追体験しに、美術館に足を運ぶという訳ですよね。それと、「絵を買う」行為とは、雲泥の差があると思っています。他方、日曜画家で絵を描いています、脱サラして焼き物を作っていますという人も結構いらっしゃる。でも、そういう方で絵を買って愉しんでいますという人は少ないじゃないですか。
千秋 ええ。
山本 ところが、「絵を買う」人はこれをぜんぶするんです。美術館にも行きますし、個展にも足を運ぶ。鑑賞もするし、勉強もしますし、場合によったら自分で描く人だっている。だから一般に美術展覧会に足を運ぶ人が増えたと言っても、美術品を買って愉しむ人は増えてはいないんですよ。
千秋 買う人と買わない人を分けるものは何でしょうか。
山本 僕が講座を持って思うのは、やはり画廊さんがそういう人たちにたいしての営業努力を全然していないということです。若いOLさんはどんどんブランド品を買い漁っている。海外旅行にだって行っている。だから、絵を買うお金が無いわけでは無い。
千秋 そうですよね。
山本 とすると絵を売ろうとする画廊さんの努力が足りないということですよ。従来の画廊さんは、はなからお金持ちやデパート相手。それはそれで良いんですよ。そういうところだけをターゲットにされている画廊さんは。でも、絵を広めたいといっている画廊さんが、お店を構えていながら、お客さんはこないと「待って」いる。それに対して、ブランド店はセミナーをしたり、マスコミを通してアピールをして、それで一般の人も買ってゆくわけでしょ。
千秋 ええ。
山本 こういう美術系の雑誌が有りますけれども、そこでいくら宣伝をしたって普通のサラリーマンの目には届かないですよ。僕がさんざん言っていて美術業界からも美術雑誌からも嫌われているのは、こんな雑誌にいくら出たって何の意味も無いと。こんなものコレクターか、勝手に画廊を回れる人しか見ていないわけですから。
千秋 そうでしょうね。
山本 普通のサラリーマンやOLの見る雑誌に美術の記事を載せないと意味が無いでしょうと。例え広告を出したとしても、啓蒙活動的な記事がなければお客さんは買う訳がない。
千秋 そうでしょうね。
山本 僕は画廊さんっていうのは百万円の物を買うお客さん一人を自分のお客にしたいと思っていると思う。でも一万円のものを買ってくれるお客さんが百人になれば、それも同じ売上額です。でもそういう発想は無い。そんな面倒なことはやりたくないと思ってる。それで九十九人のお客さんは捨てているんです。潜在能力としてはすごく可能性のあるマーケットなのに、一体画廊さんはどんな努力をしているんですか?
千秋 ええ…。
山本 何もしていないでしょう。
千秋 逆に面白い活動をされている画廊さんはどなたかご存じですか?
山本 お宅の近くにある柳画廊さん。そこの奥さまは異業種からこの美術商の世界に入ってきたので、この業界はオカシイと言っていますよ。もっとアートを普及させなければいけないと。ゲストを呼んで講演会活動を行なったり、普段画廊に来たことのない人にも足を運んでもらう為の工夫をされていますね。
千秋 そうですか。
山本 戦前の経営者やビジネスマンには、絵の「素養」があったと思いますよ。昔の支店長が地方へいけば、ちょっとした地元の名士でしょ。お客さんも地元の名士が多いでしょうから、ご自宅に招かれれば絵が掛かっていたり、壺がおいてあったりする。そこで会話を楽しむ。絵や壺について話も何も出来ないような支店長は「もう次からは、来なくていいよ」と言われるでしょう。多分そういうことは、ビジネスマンの必須だったはずです。お茶の知識があるとか。でも今はそうではないでしょう。暇があったら稼げと言われる。接待と言えば、ゴルフでしょう。だから今のビジネスマンにはそういう素養が全く無いんです。
千秋 確かにそうですね。
山本 現役のサラリーマンが絵を買ったり、音楽を聴きに行ったりするようにならないと、日本は絶対に文化国家にはならないと思います。だから現役の人を対象にして、「絵を買う」ことを広めたい。
千秋 そうですね。
山本 「絵を買いませんか?」と言っても画廊に行ったことが無い人が殆どですから、じゃあ画廊を廻るツアーをしましょうと。そういうことなんです。ブランドバックを買うのももう飽きたでしょうと。ブランド品はお金があれば誰だって買えますよ、それのどこが格好いいのかと言いたい。それよりも絵を一点買う方がずっとかっこいいじゃない。そんな風土を作りたい。
千秋 そうですね。
山本 最近は、アート雑誌には出ないようにしているんですが、一般の人が読んでくれるような雑誌に出るようにしています。この間も『女性自身』で採り上げてもらいましたよ(笑)。
山本 現役のサラリーマンに「絵を買ったら?」と言っても、「高いです」「無理です」という話になる。それを僕は、そうでは無くて、あなたの同世代の作家を買ってあげなさいと言っています。
千秋 それはまたどうしてですか。
山本 サラリーマンに比べれば、同世代の作家なんていう人はほとんど半分フリーターみたいな人たちじゃないですか。だから絶対に買えるはずなんです。
千秋 それはそうですね。
山本 だから、一点でも二点でもいいから買ってあげなさいよと。絵を買うことは楽しいし、画廊廻りをすることも楽しいし、作品を買ってあげることは間接的にでも作家への最大の支援になるし、それからさっき言ったように評価は定まっていないわけだから、自分自身の「物を見る目」が育つし、自分の頭で判断する事が出来るようになると。そういういろんな社会的な意味があると思っています。
千秋 古い作家でも脚光が当たっている人以外は、実はとても作品は安い。すごく良い作品でも、歴史的に有名でも、今たまたま光が当たっていないということで評価が低い人はすごくいっぱいいるんですよね。
山本 先のバブルの時に経験したことですが、どんどん絵画の値が上がるのを目の当たりに見て驚いていたら、ちょっと視点をずらすと美術の教科書に載っていたような人の作品がすごく安くで出ていたりする。だから、一方だけを追いかけていると舞い上がってしまうけれども、冷静に考えて、長い目でみればどちらの作品が良いか判断することもできるはずなんです。でもそういう状況にあるとあたまりまえの感覚が麻痺してしまうんですね。
千秋 ええ。
山本 自分の目で見て判断出来なければいけないと思いました。そういう人をアートを通じて育ててゆきたいと思っています。ブランド品は「私も持ってるよ。人が持ってるから」という人しか作らないじゃないですか。そうでは無くて「沢山の人が持っているから、自分は絶対買わないよ」という人をもっと創ってゆかないといけないと思います。それが個性だったら自ずと、人それぞれ違わなければいけないんです。それなのに同じ物に人が集中するということは、自分で考えていないという証拠じゃないですか。
千秋 本当にその通りですね。
山本 だから政治でもなんでもそうだけれども小泉さんが良いと言えば七割、八割の支持率になるというのは、自分で物を考えていない証拠でしょう。「じゃあ、お前は何が良いと思うんだ」っていうことでしょう。本当に成熟した民意だとしたら、それぞれが自分の見識でまず物事を判断できないといけない。そのための鳥羽口として、一点でもいいから自分の目で見て、判断して、「絵を買う」ということしてほしいと思いますね。
千秋 山本さんの講座に来られる方というのはどういう方が多いですか。
山本 たまたま知人に紹介された六本木ヒルズの講座は、平均年齢が三〇歳前後で、キャリアウーマンが七、八割だと聞いていました。それで女性はコレクターにはならないなあと思いながらも講座を始めたんです。僕自身人が集まるのか半信半疑だったんですが、蓋を開けてみると毎回一〇~一五人くらいは集まってくれています。
千秋 それくらい集まるということは、どこかに入り口がないかと思っている人が多いのでしょうね。
山本 多いと思いますよ。九月に一度、講座の案内が新聞に載ったことがありまして、そうしたら、普段の講座では女性が八、九割なのに、その月は男女比が半々くらいでした。年齢も中高年の方が数人いました。都心にマンションを買ったので絵を買いたいとか。関心を持っている人は随分いるんだと思いますね。
千秋 実際に受講生の方々と画廊廻りをしてみて、画廊に入りやすくなったり、また実際に絵を買われる方などいらっしゃいますか?
山本 講座に来られる方は殆どが女性でしたので、コレクターになることは無くても、画廊廻りくらいはしてくれるようになればいいかなと思っていたんです。ところが実際に画廊廻りをしたら、毎回「お買い上げ」があるんですよ。もちろんそんなに高いものではありませんけれども。
千秋 そうですか。ちなみに講座では何をお話しになられるんですか。
山本 僕がどうして絵を買うようになったのかとか。大事なのは実践ですから、本当は講座は早く切り上げて、画廊廻りをしたいのですが、教室の約束で二時間は話をしなければならなくて(苦笑)。最初の頃は、講座をやって、それから画廊を廻って、それで解散していたんですね。ところが、しばらくすると、参加された方がそれではもったいないとおっしゃられて。一回講義を受けて、一緒に画廊廻りをして、さあ後はそれぞれで廻りなさいといわれても、やはりちょっと無理だと。
千秋 確かにそうかも知れないですね。
山本 それで受講生にメーリングリストに登録をしてもらって。講座は二ヶ月に一回ですが、毎月一回はメーリングリストで呼びかけて画廊廻りをしているんです。同じ画廊でも時期によって展示している作品は違いますし、またその時々で一緒に廻る人も違ってきますから、何度画廊廻りをしても楽しいですね。そうこうするうちに、気のあった仲間も出来ますから、仲間どうして画廊を廻ったり、あるいはご夫婦で一緒に廻られたり、なかには親子で廻られる方も出てきました。
千秋 ということは徒党を組まないとなかなか画廊には入りにくいということでしょうか。
山本 きっと一点絵を買ったら、自分で廻れるようになるんだと思います。
山本 僕は保険会社に勤めているんですが、損保では「地震保険をつけないといけませんよ」ということを、損保協会として広報するんです。それは地震保険をもっと普及させないといけないという、業界としての目的があるからなんです。だから、本当ならば画廊さんの業界や組合主催で「画廊廻りをやりましょう」とか、あるいはスポンサーとして、僕みたいなコレクターをつかって画廊巡りを推賞するとか。そういう業界全体で動きを起そうということが重要なんだけれども、結局画廊さんって、自分のところのお客さんは増やしたいけれども、アートコレクターの裾野を拡げようという意識は持っていないんだと思います。
千秋 毎年十一月には銀座で画廊の営業時間を延長して、仕事帰りの人たちにも足を運んでもらおうっていう、「画廊の夜会」がありますけれども。
山本 去年もありましたね。毎年受講生と一緒に行っていますけれども、まるで七夕の夜みたいに、一日限りのことじゃないですか。講座で画廊廻りをすすめているけれども結局、講師も現役のビジネスマン、生徒も現役のビジネスマンとなると自ずと画廊を回れる時間って限られてくるんですよ。
千秋 そうでしょうね。
山本 日曜日は画廊さんはお休みでしょ、夜は営業してないでしょ、だから必然的に土曜日になってしまうんですよ。画廊まわりツアーをやろうとすると。
千秋 そうですね。
山本 だから画廊さんが現役のビジネスマンをターゲットにと考えたら、自ずと改善すべき点は考えつくと思うんです。営業時間を遅くするとか、金曜日は遅くまで営業するとか。
千秋 ええ。
山本 だって、デパートはほとんど年中無休でしょ。公立の美術館ですら、土日は営業していて、金曜日は遅くまで開けていると。それなのにどうして商売をしている画廊さんが週休二日で土日休みなのと。商売をしようとしていると思えないじゃない。おかしいですよ。
千秋 ええ確かに。
山本 だから旧来のようにお金持ちを対象に商売をしているのであればそれでいいですよ。法人相手であれば別に土日休んだって夜営業していなくたっていいですよ。でも、画廊廻りを広めたい、という画廊さんがどうしてそうなの。営業努力が全然見えないですよ。だから僕は常々、旧来の銀座の画廊さんは絶滅すると言っているんです。
千秋 うーむ。
山本 多分、この業界を改革出来るのは異業種から来た人でしょう。よそからみればこの業界はおかしいですから。
千秋 僕なんかは二十四時間開いているコンビニ画廊でもやりたいなと思っているんですが(笑)。そういう話をすると、聞くのは、「そういうことをやった人はいるよ、でも潰れちゃったけど」ということだったりするんですね。だから当然リスクをとって一人で頑張っても資金的に続かなかったりとか、ブームを起こせなかったりとか、やはりそこはシビアに生活がかかっていますので、どういうふうな組み立てでやるべきかかなり現実的に考えないといけないと思いますけれども。
山本 ビジネスは単なる思いつきでは当然だめで、今でも夜七時とか八時まで開けている画廊さんはいるんです。でも僕は、点じゃだめだと言っているんですよ。いくら遅くまでやっていようと、そこへ行くためだけにわざわざ足を運びませんよ。どうせ行くのだったら、この企画みたいに何件か開いているというのでなければ。例えば、銀座の画廊街はいつも夜八時までやっていると、それを一般にも告知して、認知してもらって来てもらうようにする。そういう運動をしないと、私の所は八時まで開いていますといくら言っても、それではダメですよと言っているんですけれどもね。
千秋 そうですね。実際の経営基盤がデパートと富裕層頼りで、なかなか一般の方が経営の柱になりにくいところもありまして。面にするのが難しいということはありますけれども。
山本 古い画廊さんに聞けば、昔は、サラリーマンで絵が好きだという人たちも大事なお客さんとして認識されていたようですよ。確かに最初は高い物は買えないけれども、社内での地位が上がれば多少高い物も買えるようになってくる。だから長い目でみて、サラリーマンを大事にしなさいよと。そういう人たちは好・不況も関係ないよと。逆に、いわゆる「いいお客さん」というのは、景気のいい時にはわーっと買ってゆくけれども、景気が悪くなると途端に、絵も買ってくれなくなるよと。だからどちらを対象にして商売をするか、それぞれの経営のありかたがあるとは思いますが、ちゃんと見極めないと大変だよと。
千秋 ええ。
山本 僕なんかはボランティア的にやっているからいいわけだけれども、経営となると単純にはゆかないから。例えば僕がこうして裾野を拡げようとボランティア的にやっているのと上手く協同して、点を面に拡げる動きが出来ればこのマーケットは拡がってゆくと思いますね。
千秋 ええ。
山本 例えば、サラリーマンやOLの目の前のテーブルに、商品がいろいろと載っている。車、時計、海外旅行など。でもそこに「アート」が載っていないんですよ。「アート」の商品を見ようとすると、目の前のテーブルとは別の、デパートだとか画廊さんとかのテーブルにわざわざ行かないといけない。そこでどうするかと言うと、僕はこのテーブルに「アート」も商品として載っけるということをしたいんです。
千秋 それで、実際に絵を買ってみたらやっぱり面白い、ということを多くの人にもっと知って欲しいですね。実際に山本さんと画廊廻りをしてみて、どう楽しいとか、こう物の見方が変ったとか。画廊巡りもそうですし、家に絵を飾ったらどんなに素敵か。そういうお話しを伺わせていただきたいのですが。
山本 やっぱりね、講座の受講生を連れて画廊を廻るのはとても新鮮で面白いですね。絵にはこんなに種類があるのかという驚き、作家と呼ばれる人に会って話をした感動。それから、絵を初めて買う人を見て、そのドキドキする感じとか、絵を家に持って帰るんだっていう緊張と歓びの入り交じった様子を見てると、今は麻痺しているけれど、ああ、俺にも昔はそういうことがあったなあと思い出しますね。そういうのを目の当たりに見ると、やりがいがあるなと思います。僕のように破滅的にならなければいいなと思うところもありますけれども。
千秋 いや、全然破滅的には見えないですよ。
山本 だから、ある意味ではものすごく奥の深い愉しみですよね。色んな意味があって、これを多くの人に愉しんでもらいたいです。画廊巡りは、毎回同じ所へいっても掛かっている絵は同じではないですから。見て廻る愉しみは勿論、飾る愉しみもあるし、コレクションする愉しみもあるし、さらに絵が集まればコレクション展をする愉しみだってある。
千秋 作品一つにしても、作者の背景もあれは、作品自体の背景もある。歴史的な流れのなかでの位置付けもあるでしょうし、必ず何か一つ買ったら、絶対に広がりが出てきますよね。しかも自分で買うとなると、全然そこにかける気持ちは違いますから、こだわりも一層増しますよね。
山本 僕はまず裾野を拡げたい。コレクションという病原菌をばらまいて、百人にばらまけば、一人か二人は絶対重症になる人も出るはずだから。それなのに、画廊さんはぜんぜんばらまくことすらしていない。だからそういう「想い」を持った画廊さんが、試みを継続的にしてゆくのが大事だと思います。何かを始めても、立ち消えてしまうことが多いですから。
千秋 このお部屋に飾られている作品はわりと最近お求めになられたものですか。
山本 そうですね。これはまだ多摩美の四年生で、ちょっと面白いなと思いまして。植木庸子さんという方の作品。
千秋 個展などでお求めになられるんですか。
山本 そうですね。あとはグループ展とか。貸し画廊で頑張っている人が多いですね。それで、画廊に行くとよく「誰かいい作家いない?」という話になります。案外見に行っていないんですよ、画商さんも、自分の所の仕事が忙しいから。
千秋 そうでしょうね。
山本 最近の学芸員さんも見ていないですね。評価の定まった物か、自分たちの美術館にある物か。自分の所の作品は一生懸命展覧会をしたりしてますけれども。地道に画廊廻りをしている人は少ないですね。
千秋 画廊さんに行くときのコツはありませんか? 一般の方には、画廊さんに行くと売り込まれるのではないかとか、無視されるのでは無いかという恐怖感があると思いますが。「不快な思いをしたくない」という恐怖感を越えるのははある意味かなりハードルが高いことかと思います。だから気軽に見られるデパートへ行かれるのだと思いますけれども。
山本 そうですね。行ったらすぐ話しかけられるか、全く無視されるか。だからその辺りはきちんとお客さんのようすを見て応対してもらいたいですね。
千秋 ええ
山本 特に有名画廊さんに多いのだけれども、見に行っても窓の外かなにか見ていて完全に無視。そこにお得意様でもお見えになられようものなら、態度を豹変させたりして。本当に感じ悪いのですが。
千秋 特に一人で画廊を廻ろうと思ったら、そういう想いにも耐えながら、居心地の良いところを探さないとならないんですよね。
山本 僕がよく言うのは、最初は友達と行ったらいいよって。
千秋 そうですね。
山本 一人だと脂汗がでてくるから(笑)。それとその場ではサインをしないほうが良いよとも言っていますね。必ず冷静に考える時間が必要だよって。
千秋 なるほど。だから「借金をしないで買いなさい」と教えられているんですね。
山本 そうそう(笑)まあ、画廊さんに、もし気に入ったら取り置きということも出来るだろうから、その場で決めないでちょっと考えた方が良いよってね。それから、インターネットで画廊さんを客観的に紹介しているページもあるから、自分の好みにあった画廊をネットで探して、作品展の予定とか、地図なんかもそこで調べて行くというのが良いよとすすめてます。知り合いが作っている「芸力さん」というページなんかもあるので。
千秋 へえ。なるほど。
山本 こういうページを作っているのも個人のボランティアです。だいたいこういうことを考えつくのが、異業種の人ですね。
千秋 そうですかー。では山本さんだけではなくて、同じような方向性で活動をされている方は、いらっしゃるんですか?アートソムリエ二号、三号といったような。
山本 いや、アートソムリエはなかなかいないね。儲かることしかしかしないという世界だからなかなか難しいでしょ。七、八年前にここを借りる時にもあいつはそろそろ仕事をやめて画廊を開くんじゃないかとか。人を引き連れて画廊を廻って、作品が売れたらマージンをもらっているのではないかとか、だいたいそんなことしか思いつかないんですよ。この業界の人たちって。
山本 だからそこはある種、ビジネスをはじめるときでも何でもそうだけれども、もちろんビジネスでやってゆかなければならないけれども、一定のある種の使命感っているでしょう。
千秋 そうですね。
山本 アートをもっと広めようとか、埋もれた人を発掘してあげようとか、なんかそういった使命感をビジネスにするっていうことがあるのだと思うけれども。ところが今はその使命感が消えているんですよ。その使命感があれば、本業というかなにかで儲けて、その使命感の部分は先行投資かなにかでやろうと思うじゃないですか。
千秋 ええ。
山本 例えば昔の大手の画廊さんだったら有名作家で儲けて、それで若い人たちに投資して育てたわけじゃないですか。
千秋 そうですね。
山本 ところが今は有名画廊さんは中堅とか小さいところでやらせていて有名になってきたら引き抜きをするようなやり方でしょう。作家さんだってそうですよ。昔は喰えない頃にたすけてもらった恩義でつきあいも大事にしてきたわけですけれども、今は大手から声がかかった「はい。さようなら」。それで非道い話になると、画歴から消したりもする。
千秋 へえ。そういうこともあるんですか。
山本 だから大家はこちらの有名画廊で、中小画廊はいつまでたっても売れない画家や無名作家ばかり…というように。理想を言えば、絵描きと画廊とコレクターがそれぞれ同世代が助け合ったりしながらそれぞれ年を重ねてゆくというのがいいんですけれどもね。
千秋 昔はそういう風潮もあったんでしょうね。
山本 それでね、コレクターの最期の落とし前をどうつけるかっていうことで、個人美術館を作る人、画商をはじめる人、と分かれるんだけれども。僕は最期までアートコレクターだろうと思うし、「アートソムリエ」としてアート普及活動をライフワークとしていきたいです。
千秋 本日は長い時間、ありがとうございました。それから、画廊巡りをするときに、私どものような古書画の店もよかったら廻ってみて下さい。