作品解説
織田有楽斎作の茶杓について語る折紙の添状です。差出処は茶人であり茶道具の目利きで知られる鴻池道億、宛所は宇治御茶師上林三入。文面からは茶杓の下削りは和泉の甫竹、茶杓筒の筒口欠損は道億自身が細工したとその詳細が読み取れます。甫竹は千利休から茶杓削りを伝授され、また利休、織部らの茶杓の下削りを担った茶杓師です。
【読み】
竹茶杓筒寒竹也左
海住人甫竹下削と相見へ申
-続きはお問い合わせください-
鴻池 道億(このいけ どうおく)
明暦元年(1656)~元文元(1736)大坂の商人、茶人。初名は山中善三郎。名を彌三兵衛、秀季。号に光漸、凡斎など。山中姓を名乗る豪商鴻池家の一族で、山中善兵衛家3代目。家業の傍ら茶の湯に精進し、茶人として名を馳せたほか、茶器の目利きに秀で、また自ら書画も嗜んだ。千家ともつながりが深く、近衛家煕や住友家、大徳寺などの知遇を得て利休七種茶碗の「東陽坊」、茶入「本能寺文琳」等の300点を超えるという名茶器を収集。それらは『鴻池道具帳』に詳しい。