作品解説
「たちはなの」とある歌は、幕末の歌人にして国文学者の橘曙覧の没後30年を経た明治30年の作である。橘は古来より「非時香菓(ときじくのかくのこのみ)」とも呼ばれる常世の国の不老不死の霊果。曙覧の姓と掛けて、その偉勲が長く続いていくことを言祝いで詠んだのであろう。また、「桃太郎」とある歌は、類歌が没年の明治35年に詠まれていることから同時期の作であると思われ、ユーモラスながらも子を願う女性への細やかな心遣いをも感じさせる。年代、書きぶりの異なる四種の短冊は、夭折の歌人正岡子規の生涯を語りかけるようである。
【読み】
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正岡 子規(まさおか しき)
慶応3(1867)伊予~ 明治35(1902)東京 日本の俳人、歌人、国語学研究家。名は常規。別号に獺祭書屋主人、竹乃里人など。 俳句、短歌、新体詩、小説、評論、随筆など多方面にわたり創作活動を行い、日本の近代文学に多大な影響を与える。明治30年、俳句雑誌『ほとゝぎす』創刊。随筆集に『墨汁一滴』『病床六尺』等。